🔒 閉域OSSのAI基盤を21シナリオで検証したICS-XAF
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🔒 閉域OSSのAI基盤を21シナリオで検証したICS-XAF

2026年8月31日、IPA産業サイバーセキュリティセンター(ICSCoE)第9期の卒業プロジェクトとして、閉域OSSのAI基盤 ICS-XAF(ICSCoE AI eXtendable Architecture Framework)の成果が公開されました。GPUを載せない約10年前の Xeon サーバーと OSS だけで、モデル、認証、暗号通信、SBOM、監査ログを含む5層を組み、21件のテストシナリオで有効性と限界の両方を示しています。

この記事は、シャドーAIを禁止規程で止めようとしている組織の発注者、情報システム、セキュリティ担当と経営層に向けて書いています。読み終えると次の3点が判断できます。

  • 受入基準を「閉域かどうか」から切り離し、何を検証可能と見なすか
  • 21テストが合格一覧ではなく、どこまで機能しどこで止まるかの地図であること
  • ICS-XAFを本番設計図としてコピーするか、RFPの質問リストとして使うか

結論を先に置きます。ICS-XAFを導入すればシャドーAIが消える、閉域OSSはクラウドより安全、という読みは公開成果物自身が支持しません。 残るのは、状況が変わっても組織が挙動、データ、通信、供給網を制御し検証できるか(コントロール可能性)と、平時、有事、機密取扱時でもコア機能を縮退運用できるか(コンテキスト耐性)を、クラウド構成にも同じ言葉で書くことです。

成果物は商用保証ではありません。非公認、無保証、発行から2年を有効目安とする免責が付いています。PoCの地図として読み、本番の合格証としては使いません。

記事の全体像
この記事の全体像。以下、順に解説します。

何が公開されたのか

公式ページと154ページのPDFから確定できる事実を整理します。

項目 確定できること
名称 ICS-XAF。静的な5層の管理境界と、制御対象、入力、判断、実行、状態遷移、フィードバックの6要素からなる制御仕様の組
公開 IPAページ公開 2026-08-31。PDF発行目安は2026年8月
著者 澤柳淳、小暮健太郎。監修は門林雄基、小林裕士。執筆期間は2026年4月から6月
実機 Intel Xeon E5-2690 v4 ×2、128GB DDR4、Debian 13(構築時点は13.2)
推論 llama.cpp と sd.cpp の CPU 経路。GPU 非搭載
モデル 公式カード上は Qwen3.5-35B-A3B(総35B、活性3B、Apache-2.0、2026-02公開)。成果物本文の略称は Qwen3.5-35B
テスト TC-01からTC-21。合否表は置かず考察ベース。第5章総括は「想定どおりまたは近い機能」
明示された残存リスク 画像の実在人物(TC-16)、NSFWはフィルタ後に抑止(TC-17)、音声なりすまし(TC-18)、PQC署名の認証NG(F7-2)
自己監査 AI-IDE、2026-06-12。「条件付きで導入可能」。必須対処を解消しないまま機密環境へ展開することは不可
ガバナンス入力 NIST AI RMF 1.0(任意)、Futures Toolkit、ISO/IEC 42001:2023(AIMS。条文は有料のため存在確認まで)

動機付けの一次事件は、2026年3月31日の axios npm 侵害です。対象は axios@1.14.1 と 0.30.4、依存は plain-crypto-js@4.2.1。CISA警報は2026-04-20、追跡Issueは axios/axios#10636(Closed)です。著者が置く出発点は「AIが危険だから信頼できない」ではなく、「何が起きているか分からないから信頼できない」です。

開発と運用の境界も、閉域という言葉より先に押さえる必要があります。コード生成にはクラウドAI(Google Antigravity)を使い、成果物は人間検査のうえメンテナンスPCから閉域サーバーへ転送しています。閉域は推論の実行環境であり、開発ライフサイクル全体の閉域ではありません。

受入基準は配置形態ではない

確立されている定義は次の2つです。

  • コントロール可能性:平時、有事、機密取扱時で変動する。状況が変わっても組織が挙動、データ、通信、供給網を制御し検証できること
  • コンテキスト耐性:モデルのコンテキストウィンドウではなく、組織を取り巻く状況変化への縮退運用能力

4案比較の末、案4(既存サーバー、CPU推論、PQC)を採用しています。評価軸は CIA に加え、リスク制御可能性、検証可能性、継続運用性、外部依存度、コスト、力量醸成です。設計時点の CIA とコストは見込みであり、構築後に再評価すると注記されています。

クラウド閉域(VPCエンドポイント等)は平時の機密性を上げても、回線断とベンダー障害では統制権が落ちる、という主張は、この表の定義と整合します。閉域化を目的にすると、案4の採用理由(既存資産と力量向上)と、著者自身の「クラウド利用を否定しない」が落ちます。

受入の分岐は次のとおりです。

目的化すると落ちる AI基盤の受入 配置が閉域か 状況が変わっても挙動・データ・通信・供給網を制御し検証できるか 回線断とベンダー障害で統制権が落ちる 平時・有事・機密取扱時でもコア機能を縮退運用できるか コントロール可能性とコンテキスト耐性

閉域は継続運用性の実装選択肢の一つです。評価項目そのものではありません。

5層と6要素は配置図ではない

ICS-XAFは配置図ではなく、責務境界と横断制御の組です。第5層で脆弱性を検知しても、対応は第4層のモデル実行や第2層の通信制御まで波及し得ると著者は書いています。

静的な管理境界 5層 動的なAI制御仕様 6要素 第5層 データ・運用ガバナンスRAG / SBOM / Lynis / 監査ログ 第4層 モデル・プロンプト制御AIDE / 入力フィルタ / 推論パラメータ 第3層 アプリ実行・隔離FastAPI / systemd / venv 第2層 通信保護nftables / Nginx / OpenSSL PQC 第1層 物理・ハードウェアXeon / Debian 制御対象 入力 判断 実行 状態遷移 フィードバック ログ・監査

制御対象ごとの入力、判断、実行は次のとおりです(成果物 表3-1)。

対象 主な層 入力 判断 実行
クライアント 第3層 Prompt 認証・権限 許可/拒否
通信 第2層 Packet TLS・Firewall 転送/遮断
推論エンジン 第3・4層 Prompt Safety Policy 生成/拒否
モデル 第4層 Token Safety 生成停止
RAG 第5層 Query アクセス制御 検索/秘匿

実装は全自動ではありません。計算資源の制約と有事の通信喪失を前提に、手順書と物理抜線を実行手段に含めています。

21テストは合格一覧ではなく限界の地図

成果物に TC ごとの合否列はありません。単体機能 F1からF7はほぼOKです。例外は F7-2(PQC署名証明書)作成OK、認証NG です。

群 ID 著者が確認したこと 限界
実用性 TC-01〜04 例外処理付きコード、API修正方針、OTでは Safety と Availability を優先 実行検証は利用者。定量スコアなし
RAG TC-05〜08 RAGなしでは組織固有知識は不可。ありでは chunk 根拠 ノイズ投入で品質劣化
防御 TC-09〜11 プロンプト開示拒否、Nginx 401 と error.log 専用ガード未実装。防御はモデルアライメント依存
CIA TC-12〜14 ローカル推論、WAN抜線後も対話継続、AIDEによる改ざん検知を設計 常時オフライン。apt は DNS 失敗
メディア TC-15〜18 監査テンプレ、NSFWはサニタイズ後に抑止 役職名を generic 化しても識別可能人物(TC-16)。音声はスマホ録音でも本人識別され得る(TC-18)
PQC TC-19〜21 TLS X25519MLKEM768、SSH mlkem768x25519-sha256 自己署名。SSHホスト鍵は ecdsa-sha2-nistp256。パケット約28倍、KEX時間約51%増(177ms 対 117ms)

第5章のまとめは、統制可能性をリスクゼロと定義していません。機能する領域と技術的限界を組織が把握し、監査と運用へ結びつける状態です。

機械的な Pass/Fail 件数は公開されていません。「実務に耐える」の定義も、TC-01から04はコード品質の定性であり、同時利用者数は未測定です。画像と音声の第三者評価は少人数の目視です。

CIAは漏えい防止から経路の検証へ広がる

著者は優劣比較ではないと明記しています。成果は「ローカルが安全」ではなく、観測対象(経路、来歴、ログ、RAG、SBOM)を組織側に置けることです。

要素 パブリッククラウドAI 本実証のローカル基盤 実証事実
機密性 規約上の信頼。処理場所が不透明 構造的秘匿。閉域内にデータ ローカルログ。PQCパケット。システムプロンプトはサーバー側
完全性 モデル変更とRAG更新がブラックボックス ガバナンス(自己監査可能) web-llm.js ハッシュ、chunk_id、AIDE
可用性 回線とベンダー障害で停止 自律的BCP WAN物理抜線でも推論継続

比較の読み方は次のとおりです。

基準 クラウドAI(他国ベンダー) ICS-XAF型ローカルOSS 備考
ユースケース適合 高性能、日常業務向き コーディング支援、OT知識RAG、監査補佐 CPU専用。マルチモーダルは排他制御
実装の複雑さ 契約と設定 5層、独自実装、PQCカスタムNginx PoCは2名、3ヶ月
運用負荷 ベンダー依存。パッチは向こう側 OS、モデル、GGUF、ファームウェア、RSSを自前 閉域と脆弱性フィードが衝突
監査可能性 契約と第三者認証 ログ、SBOM、AIDE、Lynisを手元に置ける SLSA未達は自己監査で明示
モデル拡張 ベンダー更新 媒体持ち込みとハッシュ照合が必要 非公式GGUFを著者もリスクと認める
リスク ブラックボックスと回線依存 パーサ脆弱性、古いCPU、性能差によるシャドーAI残存 受入基準は同じ4軸で測る

ローカルOSSがより良い場合は、機密プロンプトを外部へ出せない、有事に回線が落ちても最低限の推論が要る、ベンダーへ検証手段を要求するRFPを書くための学習環境が要る、の3つです。

クラウドがより良い場合は、日常の応答速度とモデル更新速度が競争力になる、内製の継続運用体制(パッチ、SBOM、人)が無い、古いハードウェアのファームウェア更新が既に止まっている、の3つです。

閉域の運用コストはハードウェア無料では測れない

案3のGPU初期コストは、設計時点の定性で「数百万から数千万円規模」です。案4は追加ハードウェア調達をほぼゼロとします。ただし無料に見えるのは調達だけです。

Intel ARK 上、Xeon E5-2690 v4 は Discontinued です。Servicing Status は End of Servicing Updates、日付は 2022-06-30。TDPは135W(2基なら270W)です。マイクロコード更新はOSパッチと別問題です。

リユース機器は保守失効が大半です。最終推奨ファームウェアまでが限界です。除却資産の再稼働は税務上禁止、と著者自身が書いています。人月、年間パッチ工数、電力kWhの定量は成果物にありません。企業規模別サイジングは今後の課題とされています。

脆弱性突合は JPCERT RSS をランタイム取得する設計です。AI-IDEはこれをオフラインポリシー違反と判定しています。閉域を維持するとフィードが死に、フィードを活かすと閉域が死にます。SLSA Level 3、バージョン固定、再現可能ビルドは自己監査で未達です。CORS * も指摘されています。

llama.cpp 側の供給網は閉域後も残ります。CVE-2025-53630(GHSA-vgg9-87g3-85w8、公開2025-07-10)は GGUF パーサの整数オーバーフローで heap OOB です。修正は commit 26a48ad。前提は攻撃者供給の GGUF をロードすることです。エンジン更新は閉域では媒体持ち込みになります。llama.cpp の SECURITY.md は、非信頼モデルを隔離実行せよと書いています。

混同してはいけない別件があります。CVE-2024-34359 は llama-cpp-python(tokenizer.chat_template の Jinja2 SSTI、0.2.71以下、修正0.2.72)であり、llama.cpp 本体の CVE ではありません。

リユース Xeon を本番推論基盤にする判断は、Intel の Servicing Updates 終了と SLSA 未達を見たうえで下げるのが整合します。本番採用の Go/No-Go をこのPoCだけでブロックするほどではありません。RFPに検証可能性を書く作業は進めてよい、という位置です。

ガバナンス3枠は技術スタックの認証ではない

  • NIST AI RMF 1.0(NIST AI 100-1、2023-01-26):Core は GOVERN、MAP、MEASURE、MANAGE。任意。成果物付録Aは MAP 中心
  • ISO/IEC 42001:2023:AIMSのマネジメントシステム規格。発行2023-12。ISOは組織を認証しない。公開情報での存在確認までで、条文は未購入
  • 著者免責:特定規格への準拠を公的に証明しない

マッピング表を埋めたことは Stage 1/2 認証でも、EU AI Act の適合推定でもありません。ISO/IEC 42001 を掲げる場合は AIMS(方針、役割、リスクプロセス)として設計し、このPoCの技術マッピングを認証証拠と混同しないことが必要です。

Futures Toolkit の将来シナリオは分析手法の適用であり、予測の検証ではありません。

発注者が先に動かす4つ

成果物の推奨を、発注者の作業単位に落とします。

  1. 受入基準を配置形態から切り離す。 評価項目はリスク制御可能性、検証可能性、継続運用性、外部依存度の4軸です。自組織のAI利用を「禁止/許可」ではなく、経路の可視化、説明可能性、回線非依存で採点します。
  2. ICS-XAFは学習用の参照アーキテクチャとして使う。 5層と制御仕様は、クラウド導入時にベンダーへ聞く質問リストになります。モデル完全性、RAG根拠、リソース検証、ログ主権、暗号移行の主導権は、そのままRFP条項になります。
  3. シャドーAIは公式ツールの応答性と学習性で吸収する。 禁止だけにすると axios 型の「検証できない依存」と個人契約が残ります。CPU PoCのレイテンシが個人向けチャットに届かないなら、公式クラウドに検証要求を足すハイブリッドが先です。開発にクラウドAIを使い運用は閉域、という著者自身の境界が実例です。
  4. 閉域を選ぶなら供給網の運用責任を先に設計する。 モデルとエンジンのハッシュ既知良値、媒体持ち込み手順、GGUFを非信頼として扱う隔離、SBOMと脆弱性フィードをオンラインのジャンプホストに分離します。RSSを推論ホストで直接取得しません。画像と音声生成は同じ基盤に載せません。著者の技術限界(TC-16から18)は運用ガバナンスで補完すると書いており、技術フィルタ単体を受入基準にしません。

逆転条件は次の3つです。公式ツールが個人ツールより遅く現場が使わないことが運用で確認されたとき、基盤は統制の証明にしかならずシャドーAIは残ります。モデルとエンジンの更新を四半期以内に閉域へ入れられないとき、既知CVE(例: CVE-2025-53630)が滞留します。対象ハードウェアのファームウェア供給が既に止まっているとき、OSパッチだけでは第1層の信頼性を主張できません。

オンプレ検証を続けるなら、Debianの現行ポイントリリースと llama.cpp の既知 GHSA を追跡するジャンプホストを、推論ホストから分離します。構築時点の Debian は13.2です。

ICS-XAFと同等のCPU専用 Xeon で、従業員が日常業務を公式基盤へ移した独立事例は、公開一次からは見つかっていません。

まとめ

ICS-XAFは、GPU非搭載の既存サーバーとOSSだけで、モデルから監査ログまでの5層を組み、21シナリオで機能領域と技術限界を地図にしたPoCです。受入基準は閉域配置ではなく、コントロール可能性とコンテキスト耐性です。WAN抜線後の推論継続、Nginx 401、PQC鍵交換の合意、AIDE改ざん検知は実機ログ付きで示されています。同時に、実在人物の画像、音声なりすまし、PQC署名の認証NG、SLSA未達、JPCERT RSSと閉域の衝突、2022年に Servicing Updates が終わった Xeon が、同じ成果物の中に残っています。

本番設計図としてコピーする対象ではありません。同じ4軸でクラウド契約を採点し、検証できない依存を禁止規程の外に残さないための学習材料です。

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参考リンク